第6話『6年後の再会』
6年という時間。
ミキは、遠く手の届かない場所へ行ってしまった。
ヤスはただ、スマホの画面を見つめる。
6年後
気づけば、6年が経っていた。
ヤスは、相変わらず会社員だった。
名ばかりの正社員、土日祝休み。
肩書きだけは、大人のふりをしていた。
だが中身は、何一つ変わっていなかった。
週末は外岩。
平日はジムと指皮の回復。
それだけの毎日。
クライミングのグレードは、いまだに上がっていなかった。
最高グレードは三段。
でも、世間はそんなこと、誰も知らなかった。
偶然の発見
ある夜。
ジム帰りの電車の中。
何となく開いたインスタ。
流れてきた一枚の写真に、指が止まった。
そこに、ミキがいた。
スポンサーのロゴが入ったウェアを着て、
瑞牆の岩の上で、眩しい笑顔を浮かべていた。
「……は?」
思わず、声が漏れた。
スポンサードクライマー
アカウントを遡ると、すぐにわかった。
ミキは、今やスポンサードクライマーだった。
見覚えのあるスポーツメーカーの名前。
華やかなイベント写真。
ファンからのコメント。
「かっこいい!」
「憧れです!」
「応援してます!」
(……マジかよ。)
ヤスは、スマホを握りしめた。
嫉妬と誇り
心の中で、ぐちゃぐちゃな感情が渦巻いた。
- 嫉妬。
- 焦燥。
- 誇り。
(俺が、最初に登り方教えたんだぞ。)
(あの雨岩の8級も、最初に触らせたの、俺だろ。)
(でも、もう、完全に別世界の人間じゃねえか。)
フォローできない
ミキのアカウントは、すぐにフォローできる距離にあった。
けど、
ヤスはフォローできなかった。
指が、動かなかった。
(……そんな資格、ねえだろ。)
ファンの声
コメント欄を見た。
「ミキさん、神!」
「次の大会も応援してます!」
――みんな、ミキを見ていた。
――今のミキを、ちゃんと見ていた。
ヤスだけが、
6年前の、泥だらけの8級を登ったあの日で止まっていた。
いいね
ふと、ミキがアップしていた最新の写真に気づく。
「言葉と物」四段、完登報告。
(……マジか。)
そこには、岩の上で拳を握るミキの姿があった。
指が、勝手に動いた。
「いいね」を押していた。
画面の向こう
画面の向こうで、ミキが何か気づいてくれるかもしれない。
――そんなわけない。
わかっていた。
わかっていたのに。
スマホの画面を何度も更新して、
小さな数字が増えるのを、じっと見つめていた。
帰り道
電車の窓に映る自分。
疲れた顔。
目の下のクマ。
こすれたリュック。
(……何やってんだ、俺。)
誰にも聞こえないように、
小さく、乾いた笑い声が漏れた。
夜の街を、電車が滑るように走り抜けていった。
第七話へ(続く)
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