──“降りられない高さ”に立ったあなたへ
1. この高さで、なぜ私は笑っているのか?
地上4メートル、右手はスローパー、左足はツルツルのスメア。
下を見たら仲間が「いける!そのまま!」と叫んでいる──が、視線はスマホ。
「いや、無理では?」と思うその瞬間。あなたの脳内では、死かもしれない vs カッコつけたいの壮絶な葛藤が始まっている。
そう、ハイボルダーは恋と同じだ。怖いけど、やめられない。
2. 恐怖はどこから来るのか?──心理メカニズムの解剖
恐怖を感じるのは、あなたが正常だからである(むしろ素晴らしい)。
クライミング中の恐怖は、ざっくり3つのレイヤーで構成される。
【a. 生理的反応】
- 高所で目が泳ぐ=視覚的な安定の欠如
- 呼吸が浅くなる=交感神経フルスロットル
- 前腕が張る=緊張でグリップが強くなりすぎ
【b. 認知的バイアス】
- 「これ、死ぬやつでは?」という誤認識
- 「落ちたら骨折確定」と未来の妄想
【c. 社会的プレッシャー】
- 登ってる様子が撮られてる=**“カッコつけなきゃ”恐怖**
- 同行者が強いと**“弱さを見せたくない”恐怖**
3. “降りられない高さ”まで行ってしまったときの処方箋
いわゆる「行きはよいよい帰りは怖い」問題。
とくにハイボルダーでは、「落ちるわけにいかないけど、登るのも無理、降りるのはもっと無理」という三すくみ地獄がある。
そんなときは、この3ステップで対処せよ
【1】呼吸を“数える”
→「吸って1、2、3、4…吐いて1、2、3、4、5、6」
→脳を今ここに戻す。
【2】“クライムダウン”を覚えておく
→後述(重要!)
【3】“手を振る勇気”を持つ
→笑顔で下を見て「助けて」と言えた者が勝者。
4. クライムダウン──「逃げの美学」は技術である
あなたが命をかけて登ってきたそのルート、実は降りるほうが難しい。
なぜなら、重力が敵に回るからだ。
■ クライムダウンで覚えるべき3つの技術:
- ホールドを記憶する →登るときに「降り用の足置き場」も見ておく(メモ推奨)。
- ヒール&トウフックで“吊る”意識 →ぶら下がるではなく「吊るす」で安定する箇所を作る。
- 三点支持を崩さない →両手両足のどれか1点だけ動かす(急がない)。
※実例:Bishopの“High Plains Drifter”は降りが鬼門。事前に練習しないと泣く。
5. なぜあの人たちは登れるのか?──フリーソロの精神構造
アレックス・オノルドが《El Capitan》をフリーソロした時、心拍数は平常値50以下。
「怖くないのか?」と聞かれて、彼は答えた。
「最初は怖かった。でも、準備しすぎて、怖がる暇がなくなった」
彼らに共通するのは、「無敵」ではなく「冷静」。
実力以上のことはやらない。“挑戦”と“無謀”の境界線を、驚くほど正確に見ている。
6. 登る or 登らない──自分に問いかける3つの質問
- 「降りる練習はした?」 →してなかったら登るべからず。
- 「最悪、ジャンプしても大丈夫な着地か?」 →“何となく”で行くのは事故の元。
- 「それは自分の挑戦か、他人の目を気にしての登攀か?」 →他人が登ったから、自分もやらなきゃ…は禁物。
7. ハイボルダーの楽園──Bishopの話をしよう
アメリカ・カリフォルニア州のビショップ(Bishop)は、地球が用意したハイボルダーの天国である。
■ 行くならここ!
- 《High Plains Drifter》V7:スローパー大好きマンのための芸術
- 《Ambrosia》V11:高さ15m、登ったら泣いていい
- 《Evilution Direct》V12:降り方が分からないと、帰れません
ビショップでは「クライムダウン技術」が生死を分ける。下山技術も“登攀力”である。
8. まとめ:「ハイボルダーが怖い?当然だ。でも、それでいい」
怖くて当然。
動けなくなって当然。
でも、「その恐怖と向き合うプロセス」こそが、ハイボルダーの一番“美しい”部分かもしれない。
“落ちない”技術よりも、“迷わず引き返せる”勇気を。
次にあなたが立つ岩は、きっと昨日より少しだけ、愛しく見えるだろう。