第二章 「レストウーマン」
レインマン -Side:M-
雨が降ると、彼女に会いたくなる。
晴れてるときは、
頭がクリアで、
身体が軽くて、
今日こそいけるかもしれないって思ってしまう。
岩の感触。
足裏のエッジ。
チョークの匂い。
全部が、「今じゃなきゃ登れない」って言ってる。
だから、連絡は返せない。
たとえ、彼女の誕生日でも。
たとえ、誰かを傷つけると分かっていても。
でも、雨が降ると、
岩が濡れると、
登れないって分かると、
ようやく、彼女のことを思い出す。
情けないけど、
そういう男だ。
彼女は何も知らない。
RPって言ってもピンときてないし、
「マット」って言って笑っても、意味は伝わってない。
でも、聞いてくれる。うなずいてくれる。
それだけで、救われる。
俺は、岩に恋してる。
でも、君にも少し、惚れてる。
この気持ちをどこに置いたらいいか分からないまま、
ジムにすら行けない雨の日だけ、君の部屋に行く。
この前、彼女が泣いた。
「どうして晴れた日は会ってくれないの?」って。
正直に言おうか迷った。
君の笑顔は俺を弱くするって。
登れない日が増えるって。
でも、言えなかった。
「君を大切にしたいからこそ、中途半端な気持ちで会えない」
そんな風に言った。
それも嘘じゃない。
でもほんとの理由は、
岩が乾いてたら、俺は岩を選ぶってこと。
それがクズだってことは分かってる。
でも、
この人生で何本登れるか、
そのことばかり考えてしまう。
君がくれた缶チューハイを飲みながら、
ソファでうとうとしている君の髪をなでて、
思う。
こんなに柔らかいのに、
なんで指皮は強くならないんだろう。
君に会うと、心が揺れる。
それじゃ、次の核心に立てない。
でも、また雨が降ったら
俺は君の部屋に向かってしまうんだろう。
君の優しさに甘えて、
君の問いには答えず、
「今日も会えてよかった」だけを置いて帰る。
だから、お願い。
今日だけは降っていてほしい。
そうすれば、俺は
君を傷つける代わりに
君の隣にいられる。
最終章へ続く