【ポエム】レインマン 〜雨の日だけの恋〜

最終章 「晴れの日」

レインマン – Final Move –

RPに、三十四便かかったって

彼は言った。

岩の名前は聞かなかった。

もう知りたくもなかったし、

でもなぜか、覚えたくもなかった。

彼からのLINEは珍しく、午前中に来た。

「会いたい。今日、晴れてるけど」

その一文だけで、

ずっと冷たかった背中が、少しだけあたたかくなった気がした。

ドアを開けると、彼が立っていた。

濡れていない髪、日焼けした顔。

チョークの白さが、まだ爪の隙間に残ってる。

「ついにRP出来たんだ」

って、彼は言った。

私はうなずいて、

「おめでとう」とだけ返した。

笑顔は出なかったけど、玄関のドアは閉めなかった。

「次もまた何か登るの?」

思わず聞いてしまった。

彼は少し目を伏せてから、

「まだ決めてない」って言った。

その言い方が、

登る男の“登らないふり”なのを私は知っている。

でも、それでもいいって思った。

ふたりでチューハイを飲んだ。

天気がいいのにカーテンを閉めて、

しばらく音も立てずに飲んだ。

「…トライ中、さ、

君のことあんまり考えないようにしてた」

彼が言った。

「うん、知ってた」

私は返した。

「でも、トップに立った瞬間、

なんかもう…早くチューハイ飲みたいって思って」

「なんで?」

「登れたことを、君にだけは言いたかったんだと思う」

少しだけ、泣きそうになった。

それでも私は、笑った。

彼は結局、

また岩に行くだろう。

また私を“雨の日の人”に戻すかもしれない。

でもそれでも、

“晴れた日に来た”ことだけは、

この恋の中で、

ちゃんとRPできた気がした。

私は彼の手のひらを見た。

まだ赤く、荒れていた。

そのままそっと、自分の頬にあててみる。

「まだ摩擦ある?」って冗談を言うと、

「うん。でも今日は滑ってもいい」

彼はそう言って、やさしく手を握ってくれた。


どうやら、

レインマンにも、

晴れの日の登り方があるらしい。

fin.

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